iZotope製品を活用してドラムの音に広がりを持たせよう

ドラムの広がりは楽曲全体の広がりにクリティカルな影響を与えます。広がったドラムサウンドを得たい場合は広いスタジオでレコーディングするのが最も手っ取り早い方法ですが、現実にはそうでないシチュエーションも多々あります。本記事では、様々なツールを使って人工的にドラムサウンドを広げる方法をご紹介します。
①スネアにリバーブをかける
ドラムサウンド全体の中で最も印象的な音がスネアドラムであることは疑いようもありません。そこで、スネアに美しいリバーブをかけることによって、ドラム全体に広がりを持たせることが出来ます。この時最も重要なのは「スタジオの広さやルームマイクの置き方によってスネアの録り音がどのように変わるのかを理解していること」です。このオフマイクの音を理解出来ていれば、リバーブを使って近づけることが出来ます。
スネアのような鋭い波形にリバーブをかけるときによく生じる問題が、反射音の粒が不自然に目立ってザラついた質感になってしまうことです。そうならないために、1つ1つのパラメータを注意深く設定する必要があります。
Reflections(初期反射)はTimeとSizeで部屋の広さを決めた後Diffusionで反射音にどれだけの輪郭を持たせるかを考えます。下げればより明瞭に、上げればよりぼやけた音像になります。ドライ音と合わせた時にドライ音の印象が変わり過ぎる場合はDiffusionかAngleを上げて調整して下さい。LowpassはTimeが十分に短ければそこまで大きな影響は出ません。
Reverb 1は残響の本体です。Reflectionsとやることは大きく変わりませんが、TONEの設定が重要になります。楽曲のジャンルやスタイルによりますが、リバーブ成分をハイ(Crossoverより上)に寄せたいのかロー(Crossoverより下)に寄せたいのかの選択をここで迫られます。Dampingも非常に重要です。現実空間においては一般にハイの情報ほど壁面での反射時に吸収されやすいため、ハイの成分が早く減衰します。その性質を利用してリアリティに寄せるのが最も理解しやすいアプローチですが、それだとスネアの響きが目立たなくなってしまう場合は意図的に明るくしてしまっても問題有りません。
必要に応じてReverb 2も同様にセッティングしたら3つのエンジンの音量バランスを取ります。Pre-Delayは最も近い壁面に反射した音がリスニングポイントに届くまでの時間と考えることが出来るため、Pre-Delayを上げるとより広い空間を意識させることが出来ます。一般的にはSizeが大きくなればPre-Delayも大きくなるのが自然ですが、ドライ音の明瞭さを担保するために自由に設定しても構いません。
ここまで来ればもう一息です。スネアの基本周波数が響きの中に混ざっていると邪魔になる場合はPre EQでローカットします。同様に、スネアのスナッピーの感触が悪目立ちする場合はReverb EQでハイをカットします。Dampingは残響時間を短縮するもので、Reverb EQは残響にかかるリバーブなので、これらは別物です。
Exponential AudioのR4やNimbusを使う場合でもNeoverbの時とやることは変わりません。パラメータ名もほぼ同じなのであまり迷わずにリバーブをデザイン出来ると思います。
②ルームにコンプレッサーをかける
遠くの音源ほどダイナミクスが曖昧になるという物理的な性質をツールで再現する方法です。ルームマイクのチャンネルにアタックが短くレシオの高いコンプレッサーをインサートすることで、スネアやキック、タムなどからトランジェントの情報が失われ、平坦な音になっていきます。こうすることで、ルームマイクのチャンネルがより音源から離して収録された音であるかのように錯覚させることが出来ます。
③オーバーヘッドにコンプレッサーとリバーブをかける
宅録やスタジオのアイソレーションブース等で収録したことによりルームマイクを立てられていないこともあると思います。勿論、そのようなデッドな音を意図的に収録したのであれば何も問題はありませんが、本当はもっと響きのあるドラムが録りたかった場合にはルームマイクの成分を人工的に作り出す必要があります。
まずはNeoverbを使って、スネアにリバーブをかけた時と同じ手順でオーバーヘッドのチャンネルを使ってルームマイクっぽい音を作ります。そこに、先程のルームマイクへのコンプレッションと同じ処理をしてやることで、遠くの音像を擬似的に作り出すことが出来ます。
④オーバーヘッドにイメージャーをかける
ドラムの広がりは前後だけではありません。左右に広げたい場合は、ドラムのステレオ感に最も強い影響を与えているオーバーヘッドにアプローチするのが効果的です。
オーバーヘッドのチャンネルにシンプルにImagerを入れてステレオ幅を広げるだけで、センターに集中していたパワー(特にスネア)が左右に分散されるのが分かると思います。勿論、ステレオ幅を狭めることでよりセンターにパワーの集中した音にすることも出来ます。
【おまけ】ドラムバスにテープシミュレーションをかける
ミックスの中でドラムが妙に鋭く抜けてきて浮いてしまう場合はコンプレッサーでピークを潰すのもいいですが、Vintage Tapeを使ってトランジェントを遅らせることも有効です。
Vintage Tapeはインサートするだけでいい塩梅にドラムの音が鈍ります。もし更に音を劣化させたい場合はSpeedを15ipsや7.5ipsに下げるのも効果的です。
ドラムサウンドが「冷たい」印象なので全体の飽和感を上げたい場合はInput Driveを上げたり、Biasを上げてダイナミックレンジの狭い音にするのが効果的です。逆にBiasを下げて若干エッジを立たせることも出来ます。
キックは本来レコーディングとトラックのプロセスの中で重心を定めるべきポイントですが、ミックスの終盤でもう一声重みが欲しい時はここでLow Emphasisを上げるのも効果的です。2.0がデフォルト値ですが、少し上げるだけで劇的に音が変化するため注意深く調整して下さい。
結論
冒頭でも述べた通りドラムサウンドの広がりはレコーディングの時点で確定させてしまうのが最も理想的ですが、そうでないシチュエーションにおいてもツールで創意工夫を凝らすことによりある程度は求める音に近づけることが出来ます。重要なのは部屋の広さに応じたルームマイクのサウンドの違いを体感として記憶しておくことです。