静的な処理と動的な処理【ミックスマスタリング学園】
世の中にはイコライザーのような静的なツールもあればコンプレッサーのような動的なツールもあります。これらをあまり意識せず我々は使い分けることができていますが、どのような違いがあるのか少しだけ考えてみたいと思います。話がややこしくなるため一般的に静的とされるツールの中に存在していることがあるノンリニアな特性については一旦無視させてください。
静的なツールとは、入力に依らず常に同じ動きをするツールです。例えばEQはどんな信号を入力しても特定の帯域に対して一定量のブースト/カットをし続けます。信号が大きくなっても小さくなってもその動作は変わりません。
静的なEQでは入力信号に依らず常に同じフィルターカーブが適用される
一方動的なツールは入力に応じて挙動が変化するツールです。代表例がコンプレッサーですが、入力された信号が一定のレベルを超えた時に振幅を圧縮しますが、入力が小さい時は何もしません。
コンプレッサーは入力信号のレベルに応じて動作が変わる
これを雑に言い換えると
- 問題が起きた時だけ対処する > 動的なツール
- 常に起きている問題に対処する > 静的なツール
となります。
昨今ではテクノロジーの進化とともにこの動的なツールに様々なバリエーションが増えてきています。古典的なものの例がダイナミックEQでしょう。これは、EQノード付近の成分が一定のレベルを超えたときだけEQのカット/ブーストが起こるというもので、音域やダイナミックレンジの広い楽器のテイクの中で特定の瞬間のみに問題が生じている場合に威力を発揮します。
例えばボーカルの特定の母音でのロングトーンが耳に刺さる場合、De-esserで対処してもいいですがダイナミックEQがうまく解決できることがあります。この時、問題が起きている箇所にのみEQが反応するようスレッショルドやアタックタイム、リリースタイムを上手く設定する必要がありますが、どうしても意図しないタイミングでEQが反応してしまうことがあります。
設定したThresholdに到達した時だけAttackとReleaseの設定に従ってかかるダイナミックEQ
とはいえ、ダイナミックEQはどのような基準で動作するかが明確なので比較的制御がしやすい動的ツールです。しかし最近では「なんだかよく分からないけどいい感じにしてくれる」動的ツールが台頭してきました。
iZotopeのツールでいうとOzoneの中のStabilizerやClarity、Master Rebalanceなどが、最近リリースされているCatalystシリーズのPlasmaやAuroraもこれにあたります。いずれも上手く使えば古典的なツールでは解決できなかった問題が簡単に解決できる画期的なツールですが、「いつ」動作するのかがダイナミックEQやコンプレッサーと比較すると明確ではないため、ユーザーはやり過ぎに注意する必要があります。
これらを有効活用するための考え方は3つあります。まず1つ目がさり気なく使うこと。差分を聴きながら、ツールが新しい問題を生み出してしまわない範囲で使うことが重要です。
Deltaボタンを有効にすれば処理前後の差分だけをモニター可能
2つ目が重要でないものには思い切って使うこと。ミックスの中で主役でない、重要度の低いトラックほど大胆な処理をした時のダメージは小さくなります。影響範囲の狭いトラックには大胆に、重要なトラックには慎重に使うことが求められます。AuroraのUnmask等はリバーブのWet成分のみにかかるためある程度大胆に使っても問題が起きづらいでしょう。
Unmask機能によりマスキングが起きた帯域が動的にカットされている様子
3つ目が一旦使ってみた後にトラディショナルなツールで代用できないか試すことです。もちろん、Master RebalanceやStem Focus、Dialogue IsolateのようなAIを活かしたツールは古典的なツールで代用することはできませんが、周波数特性を整えるようなツールは以外と静的なEQを1つ入れるだけで十分効果を発揮することが多々ありますし、オーディオが予期せぬダメージを負う心配もなくキレイな音に仕上げることができます。
Stabilizerと似たような効果をEQモジュールで模倣しようとしている様
どのようなツールを使ったとしても変わらないルールとして、ゴールを決めるのは使い手だということです。ツールがどれだけ賢くなったとしても、そのツールが行った処理についてGOサインを出すのは常にユーザー自身なので、ツールに任せるのではなくツールを主体的に活用する立場であることを忘れないようにしたいものです