チュートリアル

ボーカルのコンプレッション【ミックスマスタリング学園】

2024.08.26

ミックスを美しく仕上げたい時、良い音で録る必要があるのは言うまでもないことですが、どれだけ良い録音だったとしても楽曲によってコンプレッションを必要とすることもまた事実です。

ボーカルはコンプレッションを必要とする楽器の最たる例と言えます。特にアレンジの混み合ったポップスにおいてボーカルへのコンプレッションは無くてはならないものと言えます。

ボーカルに限らずコンプレッサーの掛け方には無数の選択肢がありますが、この記事ではどのようにコンプレッサーを調整していくか、その一例を挙げてみます。

なぜコンプレッションが必要なのか

ボーカルにコンプレッサーをかける狙いは大きく分けて2つあります。

  • 聞こえない言葉を無くす
  • かっこよくする

ボーカルが抑揚をつけて歌った場合や、歌っている途中で首を振ってしまった場合など、ボーカルテイクの中に音の小さな部分が生じます。混み合ったアレンジの中ではこうした部分は不明瞭になり歌詞が正しく聞き取れません。

逆に声を強く張り上げた場合その瞬間だけ音量が極端に大きくなってしまうこともあります。特にサビや高音域で顕著です。

こうした問題に対処するために瞬間的にレベルの低い部分を持ち上げつつレベルの高すぎる部分を抑え込むためにコンプレッサーが便利です。

また、一方でコンプレッサーを効果的に使うことで元のテイクの中にない質感、飽和感を生み出してボーカルをかっこよく聞かせることもできます。

パラメータの意味を知る

これらの狙いを正しく実現するためにはコンプレッサーのパラメータの意味を理解する必要があります。順を追って解説していきましょう。

まずはThresholdを動かしてみましょう。Thresholdを動かさないことにはコンプレッションは起こりません。Thresholdを下げていくと、Thresholdを上回る成分が抑え込まれることが分かります。


Thresholdを下げるとコンプレッションがかかるようになる。

下げすぎるとどんどん息苦しい音になっていくので、まずはコンプレッサー無しで聞いた時に聞こえない言葉、単語がコンプレッサーに引っかからない程度のところまで下げてみると良いでしょう。Auto Gainを有効にしておくとコンプレッサーで下げられた分の音量が補完されるため、聞こえなかった部分の言葉が持ち上がって段々聞こえるようになってきます。


Aの文字のボタンをクリックすると自動的にゲイン補正されるようになる。

この時にどのくらい強く抑え込まれるかがRatioです。Ratioを上げれば上げるほど息苦しい音になります。大体3:1〜4:1くらいのところから始めて、息苦しくはないけれど声の小さな部分もちゃんと聞こえてくるところを探します。


Ratioを上げるとよる強くコンプレッションがかかる。

ThresholdとRatioは連動して動かすことになります。Thresholdを低くした時ほどRatioを上げた時の影響が大きくなるのでRatioを低く設定すべきですし、Thresholdを高く設定している場合はRatioをある程度上げた方がコンプレッションの効きがわかりやすいでしょう。

次にAttack Timeを見ていきましょう。Attack Timeが短すぎると信号がThresholdを超えた瞬間にコンプレッションがかかってしまうため詰まったような息苦しい音になります。極端に短いセッティングから始めてみて少しずつ上げていき、子音が無理なく自然に感じられるポイントを探してみて下さい。使うコンプレッサーや楽曲のスタイルによっても最適な数値は変わるので、自分が良いと思ったところが良い値だと信じて下さい。


Attack Timeが速すぎると子音まで潰れてしまう。

次にRelease Timeを見ていきましょう。Release Timeが長すぎると声の小さな部分に差し掛かった時にコンプレッションがかかり終わっておらず、持ち上げたかった部分が持ち上がらないという問題が起きます。


Release Timeが長すぎると持ち上げたい箇所が持ち上がらない。

一旦極端に長い数値に設定して聞こえて欲しい部分が聞こえづらくなったのを確認してから少しずつRelease Timeを短くしていってみて下さい。Attack Time同様に、ちょうどいいと思ったところが良い値です。

動画でもコンプレッションとは何かについて解説しているので、よろしければご覧ください。

 

また、音量感を整えるだけであればNectar 4のAuto-Levelモジュールの方がコンプレッサーよりも更に直感的に扱うことができるので、是非そちらも試してみて下さい。

 

ここまで解説したようなコンプレッサーの掛け方をすれば、いかにもコンプレッサーをかけました!という質感にならずに自然に音量の大小を狭められたのではないかと思います。

しかし、解説でところどころ出てきた「息苦しさ」を敢えて作り出すことで楽曲全体で聞いた時にボーカルをよりかっこよく聞かせられることがあります。

そういう時は、音量感を整えるコンプレッサーの後に演出用のコンプレッサーを入れてみましょう。ここではどんな極端な設定をしても大丈夫です。かっこよければそれが正義です。Attack TimeとRelease Timeで何が起きるかはここまで説明した通りなのでそこを意識しつつ、ThresholdやRatioを自由に設定してボーカルの質感を変えてみましょう。

強くコンプレッションをかけた時の質感はいい感じなんだけどオケに混ぜて聴くとなんとなく薄っぺらく感じる…といった問題が起きたときはコンプレッションを緩めるのも手ですがコンプレッサーのMixの値を下げて元の信号を混ぜるのも有効な手段です。この手法はコンプレッサーのかかった信号とかかっていない信号を並列で扱うためパラレルコンプレッションと呼ばれますが、パラレルコンプレッションであればよりアグレッシヴなコンプレッサーの設定を安全に試すことができます。


Mixを下げると元の信号とコンプレッションされた信号がミックスされる。

ダイナミックレンジが潰れ切った信号を元の信号と混ぜ合わせることで、音の大きな部分の質感は変化させずに音の小さな部分をグッと持ち上げて眼前に張り付いたような音を演出することもできます。

ボーカルのコンプレッションに「こうすれば上手くいく」という黄金のガイドラインはありませんが、コンプレッサーの動作原理を理解することなくコンプレッサーをかけられるようになることもまたありません。ツールを正しく理解すれば、上手く使いこなすためのスタートラインに立てるでしょう。