ドラムを迫力ある音に仕上げたい人へ(入門編)①【ミックスマスタリング学園#11】
ドラムは楽曲の印象を決定づける非常に重要な要素ですが、特にアコースティックドラムの音は生録音でも打ち込みでも迫力ある音に仕上げるにはドラムサウンドへの深い理解が求められます。
本記事ではNeutronやNeoverbを活用して、印象的なドラムサウンドを実現するための方法を解説します。
まえおき
ドラムキットや部屋を”正しく”選び、チューニングやミュート等のセッティングを”正しく”行い、適したマイクを”正しい”位置に立て、ドラマーが良い演奏を行うことがドラムの迫力を追求する上で最も重要なことですが、本記事ではそれらが適切に行われたことを前提にしています。
生録音ではなく打ち込みのドラムをミックスする場合は、ドラム音源を選ぶところに最も注意を払ってください。A社の音源をいくらミックス調整しても思った通りにならなかったものが、B社の音源に差し替えたら何もしなくても良い感じになった、というのは本当によくあることです。
迫力はどこから来るの?
ドラムサウンドの迫力に特に寄与しているのはキックドラムとスネアドラムで、これらの音色がハマれば、それだけで楽曲全体の印象がかっこよくなります。
そしてその迫力を生み出す要素は次の3つに分解して考えることができます。
- 周波数特性(トーナルバランス)
- トランジェント
- 響き
これらにアプローチするために時にEQやコンプレッサー、リバーブ等のツールを駆使するのです。
キックドラムを考える
EQ
キックにEQを入れる目的は、大まかに次の3つに分けることが出来ます。
- 重みの調節
- タイトさの調節
- 鋭さの調節
重みの調節は主に低域を操作します。ローをブーストしてもいいですが、本当に強調したいローよりも少し上をカットすることでボワッとした布団を叩いたような嫌な厚みを抑制することが出来ます。
キックの膨らみや箱鳴り感を抑えてタイトな印象にしたい場合は中域をカットするのが有効です。
こうしてローやミッドをカットすることによってキックの印象が重厚になったのが分かると思います。ただ、この状態で楽曲全体で再生した時にキックのアタックの打点が見えづらい場合、ハイミッド〜ハイをブーストすることでキックの存在感が強調されます。
逆にキックのアタックが目立ち過ぎて浮いてしまった場合はむしろハイをカットしてあげるのが有効です。キックをソロにして聴いているとついハイをブーストしてしまいたくなるかもしれませんが、あくまで楽曲全体のバランスを重視するよう気をつけて下さい。
EQ処理については下記の動画も併せてご覧下さい。
コンプレッサー
さて、EQだけでかなり音色が変わりましたが、それだけでは音に締まりが無かったりどうやってもキックが浮いてしまう場合コンプレッサーの出番です。コンプレッサーには様々なパラメータがあって直感的では無いかもしれません。ここでは調整の手順の一例を紹介していきます。慣れてきたら自分がやりやすいやり方を見つけてみて下さい。
まずはThresholdを下げてみましょう。思ったよりも大胆に下げてしまった方が変化がわかりやすいと思います。Neutronのコンプレッサーであればリダクション量が視覚的にも確認できるので便利です。NeutronのコンプレッサーにはRMS、Peak、Trueの動作モードがありますが、ドラムの鋭いを的確に捉えて圧縮するのにはPeakモードが使いやすいでしょう。
コンプレッサーが深くかかった状態になったら次はReleaseを長くしてみましょう。コンプレッションがかかった状態から時間をかけて元の状態に戻ろうとするので引き締まった音になります。
逆に、Releaseを短くするとコンプレッションから素早く復帰するので音色への影響は少なくなります。オレンジ色のゲイントレースを見ると、視覚的にも信号に与える影響が異なることが分かりやすいでしょう。
音色への変化や、リダクションがかかってから次のキックのヒットまでにコンプレッションから復帰しているかなどに注目しつつ調整していって下さい。
次はAttackを長くしていきます。Attackが長くなるとコンプレッションがかかり切る前にキックのヒットが通り過ぎてしまうため、音色への影響が少なくなります。
反対に、Attackを小さくするとキックのヒットにしっかりとコンプレッションがかかるため強く叩きつけるような音になる一方で、ローのふくよかさは失われます。
これらの性質を踏まえながらちょうどよい値を探してみて下さい。
RatioはThresholdを超えた信号がどの程度強く圧縮されるかを表す比率です。値を大きくすればより過激なコンプレッションがかかり凝縮された濃密な音になります。
もう一つ、音色に影響を及ぼすパラメータとしてKneeがあります。直訳すると「膝」ですが、これは音量がThresholdよりもどれくらい低い段階からかかり始めるかを調節出来るパラメータです。0にすると急にコンプレッションがかかり始めるので硬い音に、高い値にすると前もってコンプレッションがかかり始めるので柔らかい音になります。それぞれ「ハードニー」「ソフトニー」と呼ばれます。
最終的にこれらのパラメータを微調整することで求めるキックのサウンドへと近づけていって下さい。キックへのコンプレッションは以下の動画でも解説しています。
また、コンプレッサーそのものについてもう少し詳しく知りたい方は次の動画をご覧ください。
スネアドラムを考える
EQ
スネアにEQを入れる目的も、キックへのEQ処理とほぼ同様です。
- 共鳴の抑制
- 重みの調整
- 鋭さの調整
スネアのサウンドにおいて何と言っても特徴的なのがヒットの後に「カーン!」と残る共鳴です。これはスネアの個性を表すものであると同時に、非常に強いエネルギーが集中していて他の楽器やスネア自身の他の帯域の成分を覆い隠すものでもあります。なので、必要に応じてカットすることが求められます。共鳴は特定の周波数に強く存在しているため、大きなQでピンポイントにカットするのが有効です。
また共鳴に加えて中域の全体的な膨らみを抑えることでスネアを引き締めることが出来ます。あまりこのあたりの成分が強く残っているとスネアの印象が「バシッ」とした音ではなく「ポコッ」とした音になってしまいます。
スネアをかっこよく聞かせたい場合、時として他の楽器に負けない鋭さが必要なこともあります。ハイをブーストすることで硬く鋭いサウンドにすることが出来ます。逆に、楽曲全体で再生した時にスネアが尖り過ぎて浮いてしまう場合はハイをカットすることも有効です。
重みの調整はローのブースト/カットで行います。スネアが軽いと感じる場合はローエンドをシェルビングEQでブーストしてみます。このブーストによって重みが増すだけでなく低域がモワッとぼやけてしまった場合は基本周波数の共鳴を探してカットするのも有効です。
かなりアグレッシヴなカーブになってしまいましたが、音を聴いて問題が無ければ大丈夫なのでご安心下さい。もし生録音のドラムを扱う場合でスネアマイクにキックが被り込んでいる場合は、ローカットを入れた方がキックが邪魔にならなくて済むでしょう。
最終的な微調整はトラックソロではなく楽曲全体で再生しながら行うと、ローやハイが出過ぎていないかを判断しやすいでしょう。下記の動画も併せてご覧ください。
コンプレッサー
キックドラム同様、スネアの音作りでもコンプレッサーが重要な役割を担います。まずはキックの時と同じようにThresholdを下げてみましょう。
この状態でAttackを上げ下げしてみます。上げていくとコンプレッサーがかかり切る前にスネアのヒットが通り過ぎるので音色への影響が少なくなり、短くすると強く圧縮されたような叩きつけるような音に変わっていきます。
次にReleaseを調整してみます。Releaseを上げるとコンプレッションから復帰するまでの時間が長くなるので、より引き締められたタイトな音になります。コンプレッションが復帰するまでに次のスネアのヒットが来ている場合、後続のスネアはヒットした瞬間からリダクションを受けた状態になるためご注意下さい。
これに対し、Releaseを小さな値にすると素早くコンプレッションから復帰するため音色、タイトさへの影響は小さくなります。
これらの性質を理解し利用しつつAttackとReleaseの調整を行うのがスネアのコンプレッションのベーシックな流れです。これに加え、キックと同様にKneeを調節することでコンプレッションのかかり始めるタイミングが変わり音が硬くなったり柔らかくなったりします。具体的にはKneeを上げると音が柔らかいソフトニーの状態になり、小さな値に設定すると音が硬いハードニーの状態になります。
Ratioも重要なパラメータですので、必要に応じて調整して下さい。下げるとコンプレッションと音色変化のの少ない自然な仕上がりに、上げると過激なコンプレッションがかかって凝縮された濃密な音になります。
どのパラメータを調整してもコンプレッションが強くかかり過ぎてしまう場合はThresholdを高い位置に動かしてあげるとかかりが穏やかになります。
スネアのコンプレッションについては下記の動画も併せてご覧ください。
リバーブ
スネアを爆発音のように派手に轟かせたい場合、ダイナミクス処理だけでなくリバーブを使うのも非常に有効です。スネアのサウンドを「バーーーン」という擬音で表すとしたら、「バ」の部分に影響を与えるのがEQやコンプレッサーで「ーーーン」の部分に影響を与えるのがリバーブだと考えて差し支えありません。
スネアのリバーブは空間を再現するためにも使えますし、リバーブ自体に個性を持たせてしっかりと聴かせることも有効です。勿論、敢えてリバーブを使わないという選択もありますが、ここでは一旦リバーブを加えることでスネアがドラムサウンド全体に馴染んでいる状態を作ってみましょう。
スネアのリバーブを考える際
- 初期反射
- テールのアルゴリズム
を考える必要があります。初期反射は読んで字の如く反射音の中でも初期に分類されるもので、部屋の広さの表現に使えます。NeoverbではReflectionsのSpaceというパラメータで調整することが出来ます。音の変化が分かりづらい場合はWetを100%にした状態で始めると良いでしょう。
右向きの三角ボタンをクリックして詳細設定を表示させると、TimeとSizeという項目でより細かく設定することも出来ます。
続いて残響音を足していきます。この時のアルゴリズムにはPlate、Chamber、Room、Hall等様々な種類があり楽曲に合わせたものを選ぶべきですが、ここでは音色的に派手でリバーブがかかっていることが分かりやすいPlateを選んでみます。
残響音も初期反射と同じようにSpaceを調整することで響きの長さや広がりをコントロール出来ますし、詳細設定画面を開いてより思い通りの響きをデザインすることも出来ます。
「思い通りの響きってどういうこと?」と疑問に思うかもしれませんので、ここで何が設定できるのかをもう少しだけ細かく説明していきます。
- Time: 残響音が鳴り止むまでの時間(秒)
- Size: シミュレートする空間の1辺の長さ(m)
- Diffusion: 残響音を構成する反射音の量。大きいと濃密できめ細かいリバーブに、小さいとまばらでザラついた質感に。
- Attack: 残響音のアタックをどの程度抑え込むか。上げるとアタックが抑えられ柔らかい音に、下げると立ち上がりの速い音に。
- Crossover: リバーブ音を低域と高域成分に切り分ける周波数ポイントを設定し、そこを境に高域と低域どちらを強調するかを設定。上の数値を上げると高域寄りに、下げると低域寄りのリバーブに。
- Damping: リバーブ音の高域を左側で設定したTimeよりもどれくらい早く減衰させるかを設定。スライダーを左に動かすとより早く高域が減衰。上の数値ではダンピングが起こり始める周波数を設定。
これらを設定し終えたら、Pre-DelayとDry/Wetを設定すれば概ね音作りは完成です。Pre-Delayはドライ音が鳴ってからウェット音が鳴り始めるまでのタイムラグで、これが大きくなればなるほど空間を広く感じさせることが出来ます。これまで設定してきたReflectionsやReverbの音色とマッチするように調整して下さい。現実の空間に則した設定にするのであれば30~50msecから調整を始めてみると、恐らく最終的に20~100msecあたりの範囲に着地するのではないかと思います。
Neoverbではウェット音だけにEQをかけることも出来ます。これによって、リバーブの特定の成分が持ち上がってしまってミックスの印象をボヤけさせてしまうのを防ぐ事ができます。
このEQは使わなければならないものではないですが、例えば
- ローが濁ったりボヤけたりする
- ハイがシャリシャリしてドライ音がクリアに聞こえない
といった問題が生じた時にローカットやハイカットを入れるところから始めてみるといいかもしれません。また、特定の周波数のレゾナンス(共鳴)が強調されてしまった場合、そこをピンポイントにカットしてあげることでミックス全体がクリアに聞こえてくるようになることもあります。