チュートリアル

コンプレッサーはいつかける?【ミックスマスタリング学園#17】

2023.08.30

ミキシングにおける重要なツールの一つにコンプレッサーがあります。コンプレッサーはEQやボリュームオートメーション、リバーブ等、様々な他のツール、プロセスと組み合わせて使うことになりますが、その一連の処理の流れのどこに配置するのが正解なのでしょうか?

結論: どこでもいい

困ったことに、コンプレッサーはシグナルチェインのどこに入れても問題ありません。EQの手前に入れてもいいですし、後に入れてもかまいません。コンプレッサーの後にボリュームオートメーションを書いてもいいですし、手前で書いても大丈夫です。

これは例えるならば食パンを焼く前にバターを塗るか焼いた後にバターを塗るかの違いのようなものです。どちらが正解でどちらが不正解ということはなく、そこにあるのは違いだけですよね。つまり

  • どのように食パンを食べたいかという自分の気持ち
  • それを実現するためにバターを塗るタイミングを選ぶという意思決定

が存在するだけです。となると、どのような食パンの食べ方が存在して、そのためにいつバターを塗ればいいのかを把握すればよいことが分かります。

ここからはどのような食パンの食べ方があるかを例示して、バターの投入タイミングについて考察していきます。

EQの前後

EQの手前でコンプレッサーをかける時はあまり深く考える必要はありません。元の音にそのままコンプレッサーがかかりますし、その後のEQを調整してもコンプレッサーの処理結果が変わることはありません。

これに対しEQの後にコンプレッサーをかける時は注意が必要です。何故ならEQをかけると波形のエンベロープが変わるからです。そして

  • 波形のエンベロープが変わる
  • コンプレッサーの反応が変わる
  • 仕上がりの音が別物になる

といった違いが現れます。例えば極端に低域をブーストしてからコンプレッサーをかけるとコンプレッサーが低域により強く反応し、EQでブーストした分の低域がコンプレッサーで抑え込まれるようになります。これに対し、EQがコンプレッサーの後に入っていればEQでブーストした分がそのまま出力に反映されます。

またコンプレッサーをEQの後に入れることの注意点として、コンプレッサーを調整した後にEQを調整するとコンプレッサーの反応が変わってしまうことが挙げられます。コンプレッサーの手前のEQを操作した時は、それによってコンプレッサーが意図しないピークに反応していないか、逆に反応して欲しいところで反応しなくなっていないかに注意する必要があります。

コンプレッサーの手前にEQを配置してコンプレッサーの反応が変わることを活用する機能としてサイドチェインフィルターがあります。サイドチェインフィルターとは、これから処理する信号には何も手を加えないよ、でもコンプレッサーはあたかもEQがかかった信号が入力されたかのような反応を示すよ、というものです。

例えば、キックドラムのように低域に主成分がある波形に対して大胆にローカットするサイドチェインフィルターを入れてコンプレッサーをかけると、コンプレッサーがほとんどキックに反応しなくなることが分かります。

Neutron Compressorではサイドチェインフィルターの設定を行うことができます。赤丸の部分をクリックして設定パネルに切り替えて

赤丸の部分をクリックしてサイドチェインフィルターをオンにすると

コンプレッサーがフィルタリングされた音に反応するようになります。サイドチェインフィルターではハイパス以外にもローパスを調整することが出来ます。

Neutron Compressorでのサイドチェインフィルターの設定については下記の動画をご参照下さい。

 

ボリュームオートメーションの前後

もう一つのコンプレッサーの順序問題のポピュラーなトピックとして、ボリュームオートメーションをコンプレッサーの手前で書くか後で書くかという問題があります。特にボーカルのミックスにおいてはコンプレッサーがかかる位置によって非常に大きな違いが生まれます。

コンプレッサーの手前でボリュームオートメーションをかけることのメリットとして、コンプレッサーによる過剰な質感の変化を防ぐことが出来ます。例えば、ボーカルパフォーマンスの中で過度に声を張った瞬間がある場合、コンプレッサーに入力される前の信号にボリュームオートメーションを書いていないとその瞬間だけ不必要にコンプレッサーが深くかかってしまいます。オーバーコンプレッションは不自然さ、息苦しさに直結するので、特にサビのハイトーンなどは適切なレベル管理をしてコンプレッサーに無理の無い動作をさせる必要があります。

一方、コンプレッサーの後にオートメーションを描くことのメリットとして、描いた通りの音量変化を起こすことが出来るというものがあります。当たり前のことのように思われるかもしれませんが意外と重要なことです。

例えばサビの入り口を強調したい場合、コンプレッサーの手前でオートメーションで音量を持ち上げたとしてもその分コンプレッサーで抑え込まれてしまい思ったように強調することが出来ません。またサビ終わりにロングトーンがあった場合にそのロングトーンを若干デクレシェンドさせたい場合のオートメーションも、コンプレッサーの手前で描いてしまうと下げた分だけコンプレッサーによる減衰量が減ってしまい意図通りに音量を抑えることが出来ないという問題がおきます。

なので、局所的に音量を強調したい、または下げたい箇所がある場合はコンプレッサーによる処理を確定させた後でボリュームオートメーションを描いた方が都合が良いことが分かります。

リバーブの前後

コンプレッサーをリバーブのAUXトラックに使う場合はより複雑な設定が考えられます。

  1. リバーブの手前にコンプレッサーを置く
  2. リバーブの後にコンプレッサーを置く
  3. リバーブの後にコンプレッサーを置くが、検出回路はAUXの入力を聞く

1はシンプルですね。ダイナミクスを均した後の波形にリバーブをかけます。

2はリバーブによってダイナミックレンジが狭まった後の信号に対してコンプレッサーがかかりますが、この時ドライ音が完全に通過した後の波形に対してもコンプレッサーを反応させ続けることが出来ます。

3は複雑ですが、ドライ信号に反応してウェット信号にコンプレッションをかけます。何故そのようなことをするかというと、ドライ音はウェット音と比較して立ち上がりが鋭く高いピーク値を持っており、そこにだけコンプレッサーを反応させることでドライ音のなった瞬間にだけダッキングするリバーブがデザイン出来るからです。もう少し別の言い方をすると、急峻なトランジェントにリバーブをかける際に、ドライ音に強くかかったリバーブによってテールが濁ってしまうのを防ぐことが出来ます。

3は複雑そうに見えますが、サイドチェイン入力に対応しているリバーブであればルーティングを工夫すれば実現することが出来ますし、Stratus 3DやSymphony 3Dを使えばTail Suppressという機能の中で2と3を実現することが出来ます。

Rev TailパネルでTail Suppressの量を増やしていくとTail Suppressが有効になります。

この時のKeyをどれにするかで、上記の2と3の状態を使い分けたり組み合わせることができます。

Tail Suppressの使い方については下記のNimbusのチュートリアル動画も併せて御覧ください。

 

まとめ

このようにシグナルチェーンの中でコンプレッサーはどこにでも配置することが出来、その時にどのような意図を持っているかが重要であることが分かります。もしコンプレッサーを使う時にどこにインサートすべきか迷ったら、今自分が何故コンプレッサーを使おうと思ったのかを冷静に見つめ直してみると良いでしょう。

最初は音を聴いただけでは違いが分からないかもしれませんが、だからこそ考えて仮説を立ててからコンプレッサーを使うことが重要です。「コンプレッサーの前後でこういう処理をしたらコンプレッサーの処理結果はこう変わるはず」というのはどんな初心者であっても必ず出来る推測です。この推測を毎回ちゃんと行うことによって音の変化に気付けるようになるスピードが早まるのです。