チュートリアル

宅録の注意点 part 1【ミックスマスタリング学園#20】

2024.01.22

自宅での楽器の録音は今や当たり前のものとなりましたが、やはりレコーディングスタジオでのプロの録音と比較すると聴き劣りしてしまうものというイメージは多くの方の中にあるのではないかと思います。

本記事では自宅録音の品質を高めるために必要なポイントを1つずつ確認し、いつ人から宅録をお願いされても商品として問題のないクオリティの録音を送り返せるようになるための注意点をご紹介します。

文字を読むのが面倒くさい方は先週の配信アーカイブも併せてご覧ください。

 

悪い音を録らないことが重要

いざ録音するとなると誰しもより良い音で録りたいと思うはずです。私もそう思います。ただ、良い音で録る前に重要なのが悪い音で録らないということです。良い音は一意に定めるのが難しく、状況や人の好みに応じて変わってくるものです。これに対し、悪い音は比較的容易に定義することができます。悪い音を回避するためにチェックすべき項目をおさらいしてみましょう。

これは、実は録音のセットアップをする前の段階から始まっています。

ファイルフォーマットを確認する

悪い音で録らないためにはまずファイルフォーマットを確認する必要があります。言い換えるとどれくらい大きなデータ容量で録音するかを正しく指定するということです。宅録やDAWに慣れていない方はあまりピンとこないかもしれませんが、ここで十分大きな値を指定しておかないと、後でミックスする時に問題が生じる可能性が高くなります。

音声データのフォーマットというとwavやaiff、mp3、m4a、aac、flac、ogg等をイメージされるかと思います。こうしたファイル名の末尾についている文字列は単なる呪文ではなく、どのような形式で音声を保存しているかを示しています。また、同じ名前でも中に入っているデータの大きさはまちまちです。

これらの中ではwavとaiffだけが録音に適したフォーマットで、それ以外のものはエンドリスナーが聴いて楽しむためのフォーマットと言えます。前者は圧縮されていないオーディオで、後者は圧縮されたオーディオ、つまり重要度の低い情報が抜け落ちたデータです。「flacは可逆だろ!」と仰るあなたは多分ここを読み飛ばして大丈夫なくらい詳しい方です。

一般的なDAWではwavやaiff以外のフォーマットで録音されることは無いと思いますが、カメラやスマホで録音した音声は中身が圧縮オーディオだったりするのでご注意ください。

ではwavやaiffであればなんでもいいかというとそういうことはなくて、最低でも24bit/48kHzで録音するのが安全でしょう。24bit/48kHzというのは音声のフォーマットで「1秒間に24bitのデータを48,000回記録したもの」という意味です。このフォーマットであれば、地球上に存在するあらゆるA/D変換器よりも高い解像度で人間の聴覚で感じ取る事ができる最も高い周波数よりも上まで情報を記録することができます。

もったいぶった書き方をしましたが、つまりミックスで変更を加えてもノイズ等の問題が起きにくい最低限のデータフォーマットが24bit/48kHzあたりだと思ってください。DAWによってはデフォルト設定が16bit/44.1kHzになっているかもしれないのでご注意いただきたいのと、24/48はあくまで最低ラインなのでクライアントの要望に応じて88.2kHzや96kHzでの録音を求められることもあります。

また、話は若干それますがオケやクリックのデータは必ずwavかaiffで受け取るようにしてください。なぜなら、mp3の波形は冒頭に無音が挿入されるため録音している自分の手元のタイミングとエンジニア側のDAWの中でのタイミングが微妙にずれてしまうからです。

チューニングを確認する

こちらも是非録音前に確認してほしいのですが、チューニングを合わせるのは録音時に非常に重要です。A=440Hzなのか442Hzなのか、それとも443Hzなのかと言った情報はクライアントのビジョンによって異なるため事前に確認しておく必要があります。

もしA=442の楽曲で440でチューニングされたギターを弾いたらどれだけ演奏が素晴らしかったとしてもものすごく音痴に聞こえてしまいます。これは非常に勿体ないことですし、直そうと思うと最初から全て弾き直すしかない、なんてことにもなりかねません。

また、一人で宅録をしていると徐々にピッチに対して判断が甘くなってしまうこともあります。折角OKだと思えるテイクが録れたのに休憩してから聴き直してみるとかなり音痴だった、なんてことが誰しもあると思います。適度な休憩と定期的なチューニングを心がけたいところです。

書き出し区間の指定を間違えない

録音が終わっていざ書き出し、提出だ!となった時に注意したいのが書き出し区間の指定です。曲の冒頭から最後までテイクが入っているような場合は迷わず全てレンダリングすると思いますが、例えばソロの録音だけを頼まれていてそのソロが100小節目から8小節だけ入る場合、1~99小節の無音はついついオミットしたくなります。

実際ごくまれに気を利かせて無音部分を無視してレンダリングを行って「この波形は100小節目にインポートしてください」と言われる方もいるのですが(本当にまれにです)、ここでエンジニアの心理を想像してみてください。全てのテイクをセッションの冒頭からずらっと並べるだけで全て正しいタイミングにインポートされるのと、一つ一つのテイクに対し何小節目から始まるのかを確認しながらインポートするのとどちらがミスが少ないでしょうか?

あなたのテイクがそのタイミングで再生されることが正しいと音で判断できるのはあなただけなので、是非セッションの冒頭から書き出すようにしてください。特に変拍子の曲では奏者のセッションとエンジニアのセッションで拍子の解釈が違って小節数がずれてしまうことがままあります。

ゲイン設定

いよいよ実際に録る前の設定の話に入っていきます。録音する際に必ず最初にやるのがゲインの設定です。特にマイクを使って録音する楽器やボーカルは適切なゲインの設定を行うことでノイズの少ない、ミックスしやすいテイクにすることができます。

ゲイン設定というのはマイクで拾った微弱な電気信号をマイクプリアンプという回路を使って増幅してあげることです。初めて録音をされる方は多くの場合オーディオインターフェースに内蔵されているマイクプリアンプでこの作業を行うことになると思います。この作業で重要なことは

  • 大き過ぎる音にしない
  • 小さ過ぎる音にしない
  • 余計なスイッチを触らない

ことです。大き過ぎると音が割れてしまいますし、小さ過ぎるとミックスの際に大きく持ち上げねばならずノイズが目立つリスクがあります。スイッチについては後述します。

適当な音量で録るのが重要ということですが、この適当というのは今日のデジタル録音においては結構幅が広いので実はそんなにシビアに考えなくても良い部分だったりはします。ただ、大き過ぎる音で録った時より小さ過ぎる音で録った時の方がダメージは大きいです。なぜなら大きく録ってクリップしてしまった場合クリップした部分の情報は完璧には修復できないからです。(ある程度であればRXのDe-clipモジュールで修復することができます。)

具体的にピークマージンを何dBとってください、といった目安は存在しませんが、一番大きな音を出した時にクリップしない範囲でゲインを上げる意識でやってもらえれば大丈夫だと思います。もしその設定にした時にオケやクリックが大きくて自分のパフォーマンスが聞こえない場合は、オケやクリックが大き過ぎるのでそちらを下げてください。

余計なスイッチに触らないというのは、ハイパスフィルターやPADのスイッチを入れないということです。お使いのオーディオインターフェースによってはこれらの機能がついている場合がありますが、ハイパスフィルターは予めローエンドをばっさりカットしてしまいます。またPADをオンにすると信号がとても小さくなり余分にマイクプリのゲインを上げなければならなくならず、場合によってはマイクプリが歪んでしまいます。PADはあまりにも入力が大きすぎて何をしても歪んでしまう時等に使ってください。

実際にはこれらを踏まえた上でより良い音で録るためにマイクプリをどれくらいのゲインレンジで動作させて〜みたいな議論がありますが、本記事のコンセプトは悪い音で録らないことなのでそのあたりはまたの機会に。

次回は特にギタリストに特化した宅録の注意点を掘り下げていきたいと思います。