Ozone 11の3種類のマルチバンド処理【ミックスマスタリング学園】

Ozone 11ではDynamicsやExciter、Imagerなど、様々なマルチバンド処理モジュールを使うことができます。しかしこのマルチバンド処理は、意図しないところでミックスに悪影響を及ぼしてしまう可能性を孕んでいます。
この記事では、Ozoneのマルチバンド処理で選べる3つの処理モードについて紹介します。
マルチバンド処理とは
マルチバンド処理とは、1つの信号を複数の帯域に切り分けてそれぞれの成分に対し別個に処理を行うことです。ベースに対してキックが強すぎる時に低域に対してのみコンプレッションをかけたり、ローエンドのステレオ幅はそのままにしつつ中域だけをイメージャーで左右に広げるなど、使い方は状況やソースに応じて多岐にわたります。
ここで「1つの信号を複数の帯域に切り分けて」という部分に着目してみましょう。信号を帯域ごとに分離するにはローパスフィルターとハイパスフィルターを用いることになります。このフィルターがどんなフィルターかによって、分離した後の信号に違いが現れます。Ozone 11では3種類のフィルターを選ぶことができます。
1: Analog
1つ目はAnalogモードで、一般的なアナログフィルター同様自然な音になりますが、切り分けた各成分をもう一度足し合わせた時に元の信号を復元することができません。
この時フィルターによって位相が大きく回転します。位相が回転する様子を視覚的に捉えたい時はOzone 11 EQのOption設定からEqualizerタブでShow Extra Curvesにチェックを入れてみてください。この状態でAnalogモードでローパス/ハイパスフィルターをかけるとカットオフ周波数付近で大きく位相が乱れていることがわかります。
EQの画面上に位相応答、位相遅延、群遅延が表示される
またこれは信号処理理論が好きな理系向けの追加情報ですが、ここで用いられているのはIIR(無限インパルス応答)フィルターです。
2: Digital
2つ目はDigitalモードで、フィルターをかけたクロスオーバー周波数付近の音への変化が無く、切り分けた各成分を足し合わせた時に元の信号を完全に復元することができます。
Digitalモードのフィルターはリニアフェイズ、つまり位相への影響がありません。ただ、その分AnalogよりもCPU負荷が高くなります。Ozone 11 EQでもDigitalモードを選んでフィルターをかけた時に位相が乱れていないことがわかります。
Digitalモードだとフィルターをかけても位相に変化は起きない
これも余談ですが、Digitalモードで使用されているフィルターはFIR(有限インパルス応答)フィルターです。
3: Hybrid
3つ目はHybridモードです。Ozone 11のマルチバンドモジュールではデフォルトでこのモードが選択されています。フィルターをかけた時のクロスオーバー周波数付近のサウンドがアナログフィルターのような温かみのある音になりますが、Analogモードよりも位相の歪みが少なくなります。また切り分けた各成分を足し合わせた時に完全に元の信号を復元することができます。
このように、位相への影響を抑えつつAnalogモードのようなサウンドを得られるということでハイブリッドという名前がつけられています。またしても余談ですがHybridモードでは完全再構成が可能なIIRが用いられています。通常のIIRよりも高度な処理を行うことによって、元の状態を完全に再構成できるようになっています。
結局どれが一番いいのか
選択肢を提示されると一番良いものを使いたくなりますが、実際にはどれが優れていてどれが劣っているということはなく上述のような違いがあるだけです。実際に比べてみて、一番しっくりくるものを選ぶのが良いでしょう。
とはいえ、比べてみたところで違いが小さ過ぎて分からないかもしれません。数学的に、計測上違いがあるということと、実際に耳で聴いた時にその違いがちゃんと判別できることは全く別の話です。なので、おかしなことが起きていなければそれで良いのです。
一方で、精神衛生の話をすると完全再構成でないフィルターは避けたいと感じることでしょう。なぜなら、何もしなくてもバンドを切り分けただけで元の信号と内容が変わってしまうからです。3つのモードの違いが耳で分からない場合は、耳で聴いても変わらないし数学的にも信号の内容が変わらず、処理負荷も高くないHybridを選ぶのが自然な流れと言えます。Hybridがデフォルト設定になっているのもそのためなのかもしれませんね。
Ozoneのフィルターに限らず、自分の感覚が信じられない場合は理屈で考えて何が最適なのかを判断するのがエンジニアリング全般に通じるコツかもしれません。
このようにOzoneには非常に細かい環境設定項目がありますので、興味のある方は是非いろいろ調べてみてください。