アーティストレビュー

楽譜無しで映画全てのサウンドを:映画『ローマ』でサウンドとダイアログを担当した二人のスーパーバイザーに聞く

2020.03.30

by Dave Godowsky, iZotope March 22, 2019

映画『ローマ』は、これまでに現代リアリズム映画の世界において確固たる地位を確立してきたアルフォンソ・キュアロン監督にとって画期的な作品です。今回はセルジオ・ディアス(サウンドデザイナー兼サウンドエディターのスーパーバイザー)およびカルロス・ホンク(ダイアログおよびADRのスーパーバイザー)へのインタビューを実施。映画のエモーショナルな変化に合わせつつ、歴史的な正確さを音で表現するために彼らが実践した、クリエイティブなサウンド操作術について伺いました。

他のキュアロン監督作品と同様に、『ローマ』には、画面の背景における動作が画面前面での動作と同じくらい重要であるシーンが数多くあります。それらの音要素を戦術的に取り扱う具体的な方法は何かありますか?

セルジオ・ディアス:はい、その目的を達成するためには、すべての特定のサウンドを極めて正確に取り扱う必要があることを最初から知っていました。 映画のすべてのサウンドを個別に収集し、編集プロセス中にすべてのサウンドを特定のグループにまとめることで、最終的なミックスでは各シーンに純粋なサウンドデザインによる現実感を持った音風景を制作することができました。

カルロス・ホンク:実際、様々な動きが混在する場面でも、メインとなる会話がクリアに聞こえるのがとても面白かったです!キュアロン監督は、ほとんどすべてのバックグラウンドキャラクターたちに背景となるストーリーを与えることに強い関心を持っていましたが、ミキシング段階においても彼らの会話を完全に制御することを望んでいました。 制作においては、まずはメインの会話のみが録音されました。 クレオが映画館を出て、外の階段に座っている唯一の会話のシーンにおいても、手前にいた売り子の声が聞こえます。後ろにいる売り子と劇場を出る人々は、後で別途スタジオ収録されました。 画面上の各キャラクターには特定の会話が与えられ、別々に録音されました。 結果として、非常に現実感あふれる群衆のサウンドが得られました。 全体としては群衆のサウンドに聞こえますが、特にドルビーアトモス対応の映画館では、時々、はっきりとした会話を聞くことができます。 そのように、非常にきめ細かなプロセスを採用しました。

独特のキュアロンスタイルともいうべき手法として、『ローマ』には数多くの長いワンテイクショットが含まれていますね。 この手法を採用するためには、視聴者が見るすべての要素に対して継続性を維持する必要が生じます。この点において何か課題はありましたか?

セルジオ・ディアス:確かに、実際の生活の中で(サウンドデザインの)連続性を維持することは、前例の無い挑戦でした。 その目的を達成するためには、画面の外にあるたくさんのサウンドを捉える必要があります。基本として、ますます多くのサウンド要素を網羅するための日々の録音が必要でした。

カルロス・ホンク:これらのロングショットでは、対処すべき課題が複数ありました。 まず、各シーンには複数のテイクがありましたが、役者たちにはスクリプトが与えられておらず、ほとんどの場合はアドリブを行っていたため、使用可能なオルタナティブテイクがなく、すべて全く異なるテイクでした。 もう1つの大きな課題は、これらのロングショットにおいてはカメラの動きが遅く、音の発信源が常にフレームの中から出たり入ったり移動することでした。 キュアロン監督はソースのサウンドを継続して追跡したいと考えていました。 問題となるのは、背景にあるサウンドが目立ってしまう場合です。メインとなるダイアログが左右に移動する際に、背景にある目立つサウンドが移動すると、メインとなるダイアログが聞き取りづらくなってしまうんです。 ほとんどのキャストは専門的なトレーニングを受けていなかったため、どの程度のADRが適用可能かがわからなかったので、可能な限りクリーンなダイアログを制作するしかありませんでした。 RX Dialogue Isolateには本当に助けられました。もしこれが無ければ、さらにADRに頼った制作を継続する必要があったでしょうね。

最後の海のシーンのミックスは特別困難だったのではないですか? (注:非常に緊迫した会話シーン。ダイアログ自体の聞きとりやすさは、シーンの他の自然な要素によって簡単に損なわれる可能性がありました。それをダイアログ以外のサウンド要素を排除することなしに達成しています。)

カルロス・ホンク:ダイアログはかなり忠実に録音されたと思います。それにもかかわらず、キュアロン監督の狙いである、ダイアログをミックスに配置する方法は問題を引き起こしました。 RXを使用して制作ダイアログのほとんどを救おうとしましたが、このシーンのほとんどでADRが必要でした。 RX化されたセリフのうちパンされていないものが幾つか最終的なミックスに含まれていますが、それ以外はすべてADRでした。

セルジオ・ディアス:このシーンで最も複雑なのは、サウンドデザインで観客にどっぷりと海に浸ってもらうことでした。ミキシングにおいて、クレイグ・ヘニハンはその目的を達成するため、数百のトラックのほとんどで素晴らしい仕事をしてくれました。


Sergio Diaz, Sound Designer/Supervising Sound Editor on Roma
セルジオ・ディアス 映画『ローマ』ではサウンドデザイナー兼サウンドエディターのスーパーバイザーを担当


Carlos Honc, Dialogue and ADR Supervisor on Roma
カルロス・ホンク 映画『ローマ』ではダイアログ及びADRのスーパーバイザーを担当

この映画は、楽譜がないという点において、非常に独特な形で音に依存しています。 むしろ、戦略的にキュレーションされた曲の一部を使用して、観客を特定の場所と時間に配置するかのようにすら感じられます。 このことはあなたの仕事に影響を与えましたか? 『ローマ』のような映画では、通常のサウンドトラックからダイアログを分離させる作業よりも難しかったのではないですか?

カルロス・ホンク:音楽トラックは、実際にはダイアログ編集セッションの一部を切り取ったものです。 このようにすれば、音楽はできるだけ目立たないように編集できます。 手付かずのダイアログを編集するようにというプレッシャーの多くは、スコアが全く無かったという事実から来たと思います。 映画によっては、少しくらいのノイズであれば音楽でマスキングしてしまうことで隠してしまっているものもあります。 編集プロセスに入ってすぐの段階で、セルジオにどのシーンで音楽を再生するかを考えるためのテンプトラックを要求しました。全く音楽は使わないと聞いたときの驚きと言ったら!顎が外れそうだったよ。私はスコアを使わないというキュアロン監督の選択が本当に気に入ったのですが、それによってプロセス全体をもう一度考えなおす必要がありました。

セルジオ・ディアス:この映画にはスコアがないため、サウンドデザインのみを駆使して、サウンド要素を「スコア」として完全に調和させるように編集することが課題でした。

『ローマ』は特定の場所や時代に観客を誘う、環境音を利用した強力な静寂やシーンを数多く含んでいます。 それらに対処するのは難しかったのでは? ダイアログの素材もそのように活用されたのでしょうか?

カルロス・ホンク:当初から、キュアロン監督は登場人物と対話をつなぎ留めるつもりでした。 彼はすでに『Gravity』でドルビーアトモスのオブジェクトとして対話を用いた実験を重ねていたので、これについては非常に明確な答えを初めから持っていました。 ダイアログを編集する場合、連続性は非常に重要です。バックグラウンドノイズとして映画館の周囲のダイアログ音が混入した場合、急激に現実感が失われます(実際、会話は位置を変えながら行なわれますが、背景のアンビエンスは動きません)。 キュアロン監督はできるだけ少ないADRを実行したいと考えていたため、ダイアログ・アイソレーターのようなツールがこの課題にとっては必要不可欠でした。

セルジオ・ディアス:皮肉なことに、強力な沈黙シーンはすべて、サウンドトラックをたっぷり使って構築されるものなのですが、正確なサウンド要素さえあれば、シーンにはそれ以上のサウンドは必要ありません。したがって、人工的な不自然さを全て排除する必要がありました。

この映画は、政治的あるいは宗教的な団体、親と子供、労働者と上司など、人々の属するクラスの違いに多く焦点を当てています。それぞれの違いはダイアログの音の扱い方にも影響を与えましたか?

セルジオ・ディアス:はい。 映画『ローマ』では幾つもの異なる世界観を表現するため、グループADRセッションにおいては、総勢400人以上の方々にダビングステージに参加していただき、社会における様々な階層を集めた壮大なシーンを収録しました。前述した人たち以外にも、実際の医師、看護師なども集めました。画面の内と外におけるすべてのダイアログを可能な限りリアルに収録するためにです。各シーンに適した人物を見つけるためには、数か月の期間を要しました。

カルロス・ホンク:私は編集作業において、これらの区別をしたとは思っていません。 クレオの声が低いレベルでミックスされていることに気づきました(そのキャラクターは非常に柔らかい声で話します)。 ミックス中にボリュームを上げるつもりはありませんでした。 自然なレベルを維持するために、クリップゲインもほとんどしなかったと思います。

『ローマ』はモノクロで撮影されていますが、「古い」と「新しい」の比喩的なブレンドのために、高解像度と圧倒的な明瞭さで撮影されています。 音の扱い方にも似たところはありましたか?

カルロス・ホンク:もちろんです! 前に述べたように、ダイアログSFXの背景フォーリーは細部に至るまで完璧でした。 ミックスには何千ものサウンドとディテールが含まれています。 映画の中のサウンドのほとんどは、単一のサウンドから紡がれています。 グループレコーディングはほとんど行わず、個々のダイアログの厳密なレコーディングを元にグループが形成されます。サウンド編集のすべての側面において、これと同じプロセスを実施しました。ローマを感じさせるサウンドの質量。それは、すべてのフレームの細部に映し出される要素へとつながるサウンドをひとつずつ制作することで、次第にリアルな重みを持つようになるのです。

セルジオ・ディアス:映画がメキシコの歴史における特定の時期を舞台としていることを考えると、限られた地理的環境下ですべての世界を再現することは大きな課題でした。地球と空の間の最初のシーンを見ると、すべてのサウンド要素が各シーケンスで調和して流れているはずです。ご存じのように、エフェクト使いとオーガニックなサウンドとは細い線でつながっています。私たちのサウンドが描く情景は、微妙なカオス的沈黙が訪れる瞬間に観客の心に触れることのできると信じていますが、これはオーガニックなサウンドを維持することによって生まれるものです。 最も純粋でリアルな再構築とも言えるサウンドデザインなのです。